ションブルクジカSchomburgk’s deer

1932年絶滅
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最も珍しき動物園のどうぶつ「ションブルクジカ」

動物園で飼育されたどうぶつの中で最も珍しい哺乳類の一つがションブルクジカである。この優雅で 美しいシカは動物園にたったの 12頭の個体が飼育されたのみ。ションブルクジカの毛並みは濃い茶色、 腹部は淡い茶色をしており、しっぽの下の毛は白い。鼻先のちょうど手前、上あごにある黒いライン もこの種の独特のデザインである。

ションブルクジカの剥製

ションブルクジカの剥製 (画像をクリックで拡大表示)

オスの角はバスケット状で自由に枝分かれするような形状をしているため、角の先は最大で33もの突起があるようなものも記録がある。メスには角がない。ションブルクジカはタイの中心部にある湿地、長い草や低木がある草原に生息していた。特にバンコクのチャオプラヤ川の周辺に生息しており、植物が密集した森林地帯は好まない。群れは 1頭のオスと複数のメス、その子供たちで構成される。19世紀後半のタイでは輸出用の稲作が盛んになり、このシカが暮らすべき草原や湿地が減少した。

ベルリン動物園で飼育されたションブルクジカ ベルリン動物園で飼育されたションブルクジカ
ベルリン動物園で飼育されたションブルクジカ

ベルリン動物園で飼育されたションブルクジカ (画像をクリックで拡大表示)

20世紀にさしかかえる頃には乱獲もあり、絶滅の途を辿った。実は20世紀まではヨーロッパの動物園に、たった1頭ではあるがオスのションブルクジカが生き残っていた。1899年7月19日にタイ(シャム)からベルリン動物園にやってきたこの個体は、1911年9月7日に天寿を全うした。当時の写真も残されている。このオスのションブルクジカはタイに鉄道を作るときにその監修を務めたドイツ人に対して、サラブ州知事が感謝を込めた贈り物だった。このドイツ人はこの珍しいシカとほかの数種類のどうぶつたちを庭先で飼育していたが、ドイツに帰国した時にすべてのどうぶつをベルリン動物園に寄付したのである。この時点で、ヨーロッパの動物園では飼育下最後のションブルクジカが死に絶えてから既に3年が経過していた。様々なアプローチを試みたが、繁殖のためにタイから新たな個体を連れ帰ることは、できなかったのである。生息環境が破壊されるにつれ、野生では少数の個体が散らばって生き残っていた状態だった。1932年に最後の野生のションブルクジカが狩られて野生のものは絶滅したとされていたがバンコクの寺院で人に慣れたションブルクジカが1938年まで生き残っていたようである。なお、現在でもションブルクジカが絶滅種ではないと考える学者もいる。これはションブルクジカの分布について意見の相違があるからである。本来の分布域がバンコク近くを流れるのチャオプラヤ川の流域のみに限定されるとは考えられないからである。1991年に鹿角がラオスの漢方薬を扱う店で発見され、それがションブルクジカのものだと判明した。しかし、その角について店主から信用に値する話は聞き出すことができず、実際いつどうやって入手されたものなのかということも定かではなかった。何十年もの間ストックされていたものが、現代に至るまで引き続き売買されている可能性も大いにある。

ションブルクジカの頭骨標本

ションブルクジカの頭骨標本 (画像をクリックで拡大表示)

1862 年にハンブルグ動物園にやってきた個体 1862 年にハンブルグ動物園にやってきた個体

1862 年にハンブルグ動物園にやってきた個体 (画像をクリックで拡大表示)

現在では世界中の自然史博物館で3体の剥製と300本の角が保管されている。それ以外にもベルリン動物園の最後のオスの個体の写真が数枚残されているし、1862年ハンブルグ動物園に送られてきた個体(オス)のスケッチも2枚残っている。今となってはこの写真とスケッチが私たちにとって、このどうぶつに思いを馳せる唯一の手がかりであるが、メスについてはほどんどの詳細は不明のままである。ベルリン動物園に寄付されたションブルクジカが届く以前は、タイからヨーロッパに1862年に送られた個体が4頭存在するのみだった。その4頭のうち、2頭のオスはハンブルグとパリに(現在ではフランス国立自然史博物館で剥製が展示されている)、2頭のメスはベルリンへと送られた。ヨーロッパに個体が届いた時点では、本種についての存在はまったく明らかになっておらず、それどころかこの4頭が同じ種のどうぶつであるかどうかすら、ハッキリとわからなかった。むろん、ションブルクジカという名前すらもまだなかったが、このシカが珍しい種なのだということだけは明確だった。そのため1869年、ベルリン動物園はメス1頭を繁殖のため、ハンブルグ動物園に送った。ハンブルグのペアは4回の出産に成功したが、そのうちメスは1頭のみだった。このメスはその後母親として、7頭もの子鹿を出産した。しかしメスは2頭のみで、しかも死産という結果に終わった。残る5頭のオスたちのうち1頭は1896年、18歳になるまで生きた。2頭はパリとケルンに送られたのだが、4年で死んだ。おそらく、発情を迎えて好戦的になる時期に自ら壁や柵に突進し、死んでしまったと考えられる。そのため、現在博物館に保管されている角にも傷がついていることが多い。殆どの学者はションブルクジカが絶滅していると考えているが、1990年代にタイの北部、ラオスに生息しているかもしれないという話が浮上し調査が行われたものの、その証拠は見つからなかった。しかし、将来的にまたこういった可能性が見えた時には、慎重に調査するべきである。我がLOSTZOOはションブルクジカに会うことのできる唯一の動物園である。我々はこの飛び抜けて希少な種であるションブルクジカとともに、その近縁種としてタイの東部から、ラオス、カンボジアにかけて生息するバラシンジカジカとターミンジカを展示する予定だ。その2種とも絶滅の危機に晒されている希少種だが、保護活動の成功とともに野生個体が生き残ってくれることを強く願うものである。

ションブルクジカの放飼場風景

LOST ZOOションブルクジカの放飼場風景 (画像をクリックで拡大表示)

LOST ZOOの飼育においては空調設備の整った屋内飼育施設と大きな屋外飼育スペースが用意されている。強すぎる日差しと激しい大雨から守ってやるのもこのどうぶつの健康管理上欠かせない。また、「ラブ・フェンス」と呼ばれる特殊な柵を設置し、メスたちがオスから身を隠すことのできるようにしておいてやる必要もある。もちろん、オスを隔離できるようにしておくことも理想的だ。なぜなら発情期には好戦的になるため、飼育と管理が困難になる。ぜひLOST ZOOを訪れ、我々の飼育するションブルクジカに会いにきて欲しい。あるいは、フランスはパリにある自然史博物館を訪ね、展示されているションブルクジカの剥製をご覧になる旅も是非お薦めしたいものである。

LOST ZOOキュレーター ユルゲン・ランゲ

ションブルクジカ