クアッガQuagga

1883年絶滅
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「クアッガ」南アフリカで絶滅したシマウマ

この数百年の間に多くのすばらしい生物が乱獲により絶滅していった。南アフリカのクアッガはその一つである。クアッガはサバンナシマウマの中でも最南に住む亜種であり、南アフリカからケープ州までの地域に生息していた。※1

クアッガ クアッガ

1800年代に描かれたクアッガたち(画像をクリックで拡大表示)

クアッガとシマウマたちの生息地と縞模様比較

※1 クアッガとシマウマたちの生息地と縞模様比較(画像をクリックで拡大表示)

シマウマは、その分布の観点で南に行くほど体毛の、黒い縞模様の間に白ではなく、黒いシマが目立つようになり、いわゆるシマウマらしい模様ではなくなっていく。クアッガは最南の亜種のため、シマウマらしい模様は頭と首にしかない。縞模様は肩からは薄くなり、背中と臀部では赤茶色一色になる。脚はクリーム色で縞模様はない。腹は茶色で、縞模様はシマウマ、大きな体と茶色は馬、しっぽの先には長い毛がありロバのようだった。※2
18世紀まではクアッガは南アフリカでよく見られた大型哺乳類だった。

クアッガの特徴

※2 クアッガの特徴(画像をクリックで拡大表示)

19世紀までは15,000頭ほどの群れもよく見られた。しかしオランダから来た移民、ブール人農家が家畜の牛と食物での競争をしてしまうため、クアッガの広域な乱獲を始めた。 肉やその皮革のために狩ることもあったが、殆どは遊びとして狩っていた。その結果、1850年にはクアッガはオレンジ川以南では絶滅していた。そのオレンジ州に発見された最後の野生のクアッガも1870後半にはいなくなった。1877年の広域な干ばつにはほとんど絶滅したと考えられており、1879年に最後のクアッガが撃たれた、というのが確かな記録である。
動物園の飼育下でもクアッガの個体数は少なかった。飼育下の最後のクアッガは1867年、5月9日にアムステルダム動物園に届き、1883年8月12日にそこで死んだ。しかし、このメスのクアッガが本物かは確かではない。当時、しばしば他の種類のシマウマをクアッガと呼んでいたためである。 ベルリン動物園には間違いなく、2頭のクアッガが飼育されていた。最初の1頭は1863-1867、2頭目は1872-1877まで飼育されていた。 最初のクアッガの遺体はベルリン自然史博物館に寄付され、いまでも剥製が展示されている。ベルリン自然史博物館ではこの剥製以外に3つの頭蓋骨と1体の骨格標本がある。ちなみに全世界の自然史博物館には24個体の毛皮、14個体の頭蓋骨、7体の骨格標本が存在する。※3

クアッガの剥製

※3 クアッガの剥製(画像をクリックで拡大表示)

クアッガの復元

1987年から南アフリカでは明るい色のシマウマとクアッガの繁殖細胞でクアッガを復元しようという試みがなされている。そして、長い年月をかけて背中と臀部の縞模様が薄くなったシマウマをつくる事に成功した。もちろん、絶滅した生物を完全に復元する事はできない。これは飼育用につくられ、何度でも同じ掛け合わせをすれば再現できる家畜とは違うのだ。しかし、この“クアッガに近い生物”や博物館での剥製は、クアッガがどのような生物だったのか、人類は乱獲によりどんなに素晴らしい生物を失ったのか、感動的なイメージを与えてくれる。

我が動物園「LOST ZOO」では他の動物園でのサバンナシマウマたちと同じようにクアッガが飼育されている。エランド、クーズー、スプリングボックやダチョウと同じ放飼場にいる。地面はクアッガの蹄を削るために固い必要があるが、休んだり日光浴ができるように砂場も作った。日射が強すぎる日のために、木陰を作ってくれる大きな樹を植えてある。放飼場の中はもちろん、夜用の小屋にも大雨に備えてシェルターも完備している。気温の下がる夜や、寒い冬ではクアッガたちが室内で餌をめぐって競争しないよう、それぞれ個室に分けて収容されている。

LOST ZOOキュレーター ユルゲン・ランゲ

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